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散歩 in 靖国神社/遊就館


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靖国神社に行ってまいりました。

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誰か居る。

 

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策士と言えば良いのでしょうか?

 

大村益次郎 氏の銅像ですね。

高杉晋作から絶大な信頼を得ていた人物でありますね。

 

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やっと本殿に到着ですね。

とりあえず100円入れてきました。

 

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もうお正月じゃないのに

おみくじやってる人が沢山おりました。

 

何だか日本人っぽいですね。

 

さてさて今回の目的は別に参拝ではないのです。

 

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これです。

遊就館。

 

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零戦。これが見たかった。

 

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もしかしたらこの部屋、撮っちゃだめなトコだったかも。。。

 

僕が今回、遊就館に訪れた理由と言うのは

 

暇だったからとかそうゆうのではなく

特攻隊に触れたかったと言うのが一番の理由です。

 

数年前から知覧特攻平和会館には

ずっと行きたいと言うか

 

行かなければと思っているのですが

 

鹿児島ですし、中々行けるとこではありません。

 

いずれは訪れるんだろうなって思っているのですが

何だかその内、出張で行きそうな気がしてならないので

 

その時に訪れようと思っております。

 

遊就館のエントランス部分(零戦とかがあるとこ)は

無料で入れるのですが

 

中の展示は有料となります。

 

僕は特攻兵の手記(遺書)が見たかったので

入りましたが

 

本当に見ることが出来て良かったです。

 

特攻兵の手記に関しては

 

「己の意思で書いたものではなく、国によって書かされたもの」

 

と言う記述も多いですし

その判断は出来ません。

 

ただ、時代背景がどうとかそうゆうのではなく

 

22,3歳の若者が

 

国のために、後世のために

特攻隊として最後をむかえることを

 

(喜びとして)受け入れ

 

そして死んでいった。

 

これを美徳と言うか死に損と言うかは

各々の価値観の違いでしょうが

 

敬意はしっかりと向けるべきだと思います。

 

僕は祖父から

特攻隊の話しをよく聞かされていましたし

 

「ここには俺の友達がいっぱい居るんだ」

 

と何回か一緒に来ていたので

何だか懐かしい気持ちにもなりました。

 

特攻隊のうんぬんに関しては

人それぞれ思うこともあると思うので

 

これ以上の記述は避けますが

 

一度くらいは足を運ぶべきとこだと思います。

 

あとこれはカメラマンとして思ったことですが

 

「時代を記録する」と言うのが

 

いかに責任のあることなのかと再認識しました。

 

僕は軍事記者でもなければ

ジャーナリストでもありません。

 

ただの職業カメラマンですが

 

街のスナップですら

残しておくべきものなんだなと思いました。

 

今は当たり前の景色でも

いずれは全てが過去にしかなれないですからね。

 

最近1960年代の頃の写真をよく見ているのですが

あの時代にあるエネルギーと言うのは

 

当時の人間にしか撮れないものなんだなって

本当に思います。

 

今の物質的に何でもある時代に生きてる

僕らの写真と言うのは

 

どこか表層的で希薄で

 

それこそ消費と言う言葉が

一番がシックリと来る感じがあるのですが

 

これもまた今の時代の一側面なのかなとも思っています。

 

少し話しが脱線してしまいましたが

 

戦争だけではなく明治(維新)について興味がある方も

おすすめだと思います。

 

吉田松陰先生についての展示物も何点かあったりしました。

 

と言うわけで次の散歩は松蔭神社に行きたいですね。

 

それでわまたっ