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お前が感動してないのは世界にではなく自分自身にだろ?

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お前が感動してないのは世界にではなく自分自身にだろ?

 

「人間ぽくなったね」

「何だか元気そうだね」

「表情が柔らかくなった」

 

最近会った人達に言われる台詞です。

 

仕事としての撮影はしていますが

 

労働と言うか

時間と技術の切り売りの様な撮影は

 

今年に入ってからほぼやらなくなりました。

(契約の関係で多少ある部分もあります。大人ですから 笑)

 

仕事=「人の為」と言えば聞こえは良いですが

人の為だけでは文字通り「偽」になります。

 

人の為にもなって自分の為にもならないと

それはただの間違った自己犠牲かもしれない。

 

お礼や気持ちや感謝や信頼の

分かりやすい指標として

 

金銭のやり取りがあるのであって

 

仕事の対価が「金銭だけ」だとしたら

人生はとても虚しいものになってしまうと思います。

 

僕の写真を1万で買う人(企業)も居れば

10万で買う人(企業)も居ました。

 

僕らカメラマンは芸術家や写真家ではなく

 

写真と言うツールを使って商いをしている

職業カメラマンですから

 

僕はこの数年、金銭を優先しました。

 

それは技術職の人間として

至極全うな選択の様にも思えますが

 

類友の法則と言うのはやはり世の中にある様で

 

僕の周りはビジネスライクの人間ばかりになってました。

 

そして僕自身もとてもビジネスライクの人間になってました。

 

仕事と金銭の関係が切れれば

それで終わり。

 

The End.

 

ただそれだけです。

 

「その世界にずっと居たら頭オカシクなってたよ」

 

これは僕の友達が言ってくれた言葉です。

 

ここ数年、仕事を優先と言うか

仕事以外、全て切り捨ててきた部分がありましたが

 

どこかで「ヤバイ」と言うのを

潜在意識では認知していたんでしょうね。

 

そして自らの意思でこうしたと言うより

 

「お金のためだけに写真撮るのもうヤダ」

 

悲鳴と言ったら大袈裟ですが

もう本当にイヤだったんでしょう。

 

昔、仕事もあってお金もあってパートナーシップもあって

それこそ外的要因は幸せそうなのに

 

自殺したり、鬱になる人の気持ちが全然分かりませんでした。

分からないどころか「何て贅沢な奴だ」とすら思ってもいました。

 

本来ならお金もなく、仕事もなく、友達も居なく、パートナーも居ない。

 

そんな人間の方が自殺したり鬱になったりしそうなもんです。

 

でも後者にあって前者にないもの。

 

それは希望なんだと思います。

 

人が生きていく上で必要なのは

 

自分のことを

自分以上に理解しようとしてくれる友人達と

 

自分や自分達(友人、家族を含め)の人生への希望だと思います。

 

それが分からなくなる時、そこにあるのは

マイルドな絶望と虚無感なんでしょうね。

 

それを埋めようとして

 

高価なものを購入したり

異性で誤摩化したりする人も居ますが

 

それこそ余計虚しくなるだけです。

 

僕自身、こんなことを書いておいて

まだこれからの人生への確かな希望と言うか

 

明確はものは見いだせていません。

(探してる途中ってやつです)

 

でも、今はマイルドな絶望や虚無感は、感じていないんですね。

 

今、僕が「写真が楽しい」と感じられるのは

そうゆうことなんだと思います。

 

自分自身に感動すら出来ないやつが

世界に感動させて貰おうなんて考えは甘過ぎる。

 

お前が感動してないのは世界にではなく自分自身にだろ?

 

まだまだこれからです。

 

それでわまたっ