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ノイズレスの空間に。


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先日、目黒にある附属自然教育園ってとこに行ってきました。

紅葉がまだ綺麗でした。

 

昔からココ良く来るんです。

凄い落ち着くからね。

 

携帯の電源も切って

ネットワークを遮断して

 

完全ノイズレスで

自然の中をカメラを持って歩く。

 

「写真撮るのって楽しいもんだな」

 

久しぶりに感じた気持ちでした。

 

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今回は先日購入したLUMIX GX7 を持っていったのですが

(カメラレビュー的なのはまた後日)

 

これがまた楽しい。

 

多分、いつも通り、一眼を持ち歩いていたら

仕事の気分になってしまうから。

 

実は先月の出張が終わってから

お休みを取っています。

 

blog.nogo-artwork-studio.com

 

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お休みと言っても

数週間って単位ではなく

 

来年の3月までです。

 

とは言え契約もありますし

 

全く仕事をしないわけではないんです。

 

僕じゃなきゃダメな仕事と、やりたいってものはさせて頂きますが

僕じゃなくてもOKな仕事は一切しないってことです。

 

ワガママなこと言ってるのは

百も承知なんですが

 

僕は他人の人生を生きてるワケではないし

自分の人生を生きているので

 

自分の心に素直になります。

 

やりたくない仕事は今後しません。

 

こうゆうのもアレですが

 

消耗戦はもう疲れたし

僕自身、消耗品にはなりたくない。

 

30代は(もう30代だけど!)

別ベクトルで仕事がしたいから。

 

まぁそんなワケで

 

今までの日々撮影→日々納品の

ルーティンワークから離れたワケですが

 

自分で自分を凄い縛っていたんだなと

つくづく思いました。

 

カメラマンで居ることは

意思であって決して義務であってはならない。

 

カメラマンで居たいと思う心は尊重すべきだけど

カメラマンでなきゃいけないなんて法律はなく

 

○○でなきゃいけないと言う考えでは

自分で自分に制限をかけることになる。

 

それでは全てがツマラナくなる。

 

僕は写真の何が一体好きなのかと

ここ最近考えていたんですが

 

それは不完全さなのだと思います。 

 

動かないし音もない。

 

ましてや撮影者の意図は

受け手次第で正解にも不正解にもなりえる。

 

記録媒体/機器としては

とても不完全で曖昧なもので、欠陥ばかりだと思う。

 

そしてその分、良くも悪くも"含み"が発生する。

 

動きもしないし、音もないから

 

考えるしかない。

 

そこで会話と言うか対話が生まれる。

 

僕はそのコミュニケーションが好きなんだなと。

 

だからただ消費されるだけの

仕事が段々と辛くなっていったんだなって。

 

そんなことを最近は思っています。

 

若い時は、ただただ消費されてる

ある種の"希薄さ"がある仕事が好きだったのに

 

不思議なものですね(笑)

 

まぁ何事も諸行無常ってことで

日々を過ごしていきたいものです。

 

それでわまたっ