負け犬と言う生き方は決して悪いものではない。


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お久しぶりのブログとなりました。

気付けば10月。早いものですね。

 先月は出張でペルーとN.Yに行っておりました。


ホントにね、色々な事がありましたが
無事に終わって良かったと言うのと

こうゆう機会を与えてくださった事に感謝であります。

僕は今回の出張中とても思った事があって

それは「これからは写真を撮りたい」と言う事でした。

仕事で誰かのためだけに写真を撮るのではなく
自分のために極私的な写真を撮っていきたい。

そんな事を思っていたせいか

出張中、昔の仲間から連絡が来まして

しばらくの間
また当時の様に、幾らかの時間を共にするんだなって。

今後シッカリやっていければ
オモシロイ事が出来そうな気がしています。

ホント良いタイミングと言うか

人の縁と言うのは不思議なやつですね。

僕の好きなクリエイターで Mike Mills と言う方が居るのですが

彼の言葉で

"もし疎外感がなく 人生に満足していたら
何かを創って自分を救う必要なんてない”

というのがあります。

これは凄い腹に落ちた言葉と言うか

まだ写真を始める前

「今後、何をしていけば良いのだろう?」

って悩んでいた時に目に入り
恥ずかしい話ですが、勝手に涙が出ていました。

帰国する機内の中で
何故かそれをふと思い出し

あぁそうゆう事かって。

使い切れない程を金を稼ぎたいワケでも
社会を変えたいワケでもない

誰かに喧嘩を売るつもりもないし
世間を敵にまわすつもりもない。

ただ写真を撮る事で自分を救いたかったんだなって。

この数年、僕は写真を商売道具にしすぎてしまった。

もちろん生きる上でお金は必要で、仕事も必要。

ただ、あまりにも労働にしすぎてしまった。

仕事と労働は根本的に違うから。

だから、これから始まる事は

僕も含め、関わる人間が救われて
それが仕事になるなら、これほど幸せな事はないんだろうなって。

社会に適応出来る人はそれはそれで素晴らしい事。

でも僕らの様な社会不適合者はそこに合わせようと
するとやっぱり苦しくなる。

だったら違う生きたかをして
自分を救えば良い。

過程で何かが犠牲になる事もあるかもしれないけど
全ては諸行無常だから

自分自身、結末をシッカリ見届けたいなって思います。

まぁ何だか長くなりましたが
こんな感じで。

それでわまたっ