アカルイミライとキレイなセカイ。


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いつ頃撮った写真だろー。


何だか笑ってしまった。

 「変わってねぇーなぁ」って。


今も昔も

毎日毎日、忙しなく人々は行き来してる。

気付けば自分もそうゆう歯車の一員。

毎日毎日、何かを撮影して

時には喜び
時には疲れ
時には愚痴り
時には自分を見失いそうになったりもする。

「大人(社会)ってのはそうゆうものだよ」

昔はこの言葉が大嫌いだった。

大人と呼ばれる年齢になって

確かに「そうゆうもの」の感覚は分かる様になった。

でも結局だからどうした?なワケだと思う。

何もそれは天に唾吐くとか
社会に中指立てるとかではなく

世間がどうであろうと

そこにアイデンティティくらいは
持つべきであって

じゃなければホントにキミはダレ?

になってしまう。

最近思うのは

写真が撮れなくなる事より
仕事が無くなる事より

そうゆうものが無くなる事のがコワイなって。

アナタは何をして、ダレと生きて、ドコに行きたいですか?

この仕事をしてると常にそれが頭にある気がする。

物質的なモノは常に流動的で
諸行無常

それは内面的なモノにも言えるかもしれないけど
自分の中にあるものは消えないから。

ちっさい火でもそれが灯るなら
大事にするべきもの。

僕が何よりも仕事を一番に大事にするのは
写真の世界に光を感じて

キレイなセカイかどーかはワカラナイけど
自分にとってのアカルイミライはあると思うから。

最近は以前より頭がオカシクなったのか
こんな事ばかり考えています。

まぁそんなワケで久し振りのブログでした。

それでわまたっ